結局ひとはひとりなんだと思う夜。

 

こんにちは。もうよんじょ(id:skworld)です。

今月初の日記。

フランクに、敬語は使わずに書くね。

 

どんなに「ひとは結局ひとりだなあ」と思っても

「あなたはひとりじゃないんだからね」と言われると泣ける。

 

でも、私は結局ひとはひとりだなあと思うのだけど、

あなたはどう思いますか?

 

 

 

先日、大学の後輩ちゃんたちと接していてね、ふと思い出したの。私、大学1年の頃はトモダチとの関わりに必死だったなあって。

 

当時はね、同じクラスの子たちとどう関わろうかっていうことについてばっかり、考えてた。

 

 

いつも一緒に授業を受けてた友だちが2人いてさ。

一緒に履修を組んだし、一緒の授業もあった。

仲良くしてくれるひとたちがいるっていうのは、とっても有難いことだったのだけど、3人で一緒にいるのに2人だけ遊んできて授業に遅れて来られたりすることが多くあって、、、。器が小さすぎたのだけど、当時の私はとっても嫌な気持ちになって、イライラしたり、モヤモヤした。大きめの教室で、ふたりの席とプリントを確保して、ひとりでぽつんと待つ私ってなんなんだろう、と思った。

そんな自分が嫌だったから、その子たちとは2年生になってから、それとなく距離を置いた。

 

なんというか、自分が軽く扱われている感じが、嫌だった。

それで、他大学の友人たちと仲良くしているところを見せつけたりした。

私はひとりじゃないんだよって、彼女らに分からせたかったから。

 

幼くて、自信が無くて、見栄っ張りだったからね。

あなたがいなくても寂しくないし、あなたが軽んじているこの私は、もっと評価されるべきひとなんだよって、示したかった。

だから、大学1、2年の頃の私は新しい友だちに好かれるために、相手の喜びそうな言葉を並べ立てて。

仲良くはなれたけれど、なんだか上辺だけみたいな関係ができてた。

 

要するに、孤独を隠すことに必死だった。

けどそれは間違っていたなと、今はおもう。

私は、”ひとりのひと”としての自分に自信がなくて、寂しくて、ひとりじゃないってことを示したかったのだけど、そんなのは、ぜんぜん違うんだ。だって、ひとがひとを認めたり信頼を置いたりする時って、そのひとに何人友人がいるかなんて大して関係無いもの。

 

寧ろ、孤独を受け入れて、孤独とうまく付き合って、他人に依存せずに自律している人の方が何倍もかっこいい。相手に求めたら、苦しくなるだけだし、ひとや群れに依存してるひとって、私には魅力的に映らないし。

 

ひとはみんなひとりなんだから、自分がひとりなのはごく自然なことだし、何の問題もない。このこと気が付いたらね、気持ちがぱあーっと、晴れやかになった。

 

どんなにひとりでも、ひとりだけで生きている人なんていないし、

どんなに多くの友がいても、ひとりぼっちじゃないひとなんていない。

 

自分の中の「ひとりぼっち」と向き合えている人が好きだし、自分の中の「ひとりぼっち」に気が付く暇もなく生きてきた人とはちょっと合わないかもしれないし、わたしはひとりぼっちな自分と向き合っていたい。

 

それでこそ、本当の友達ができると思うから。

 

読んでくださって、ありがとう。

 

アディオス!