読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

今日の感動とInstagram。

 

こんにちは。

休日を利用し、積極的に体調を整えているもうよんじょです。

そろそろ6月の面接日が決まってきて、ドキドキしています。

こんなときこそ、準備を頑張るだけでなく、体調管理を徹底したい。

 

 

さて、今日は録画していた先日のカンブリア宮殿を見たのですが、

感動しました。。。。

 

涙が溢れました。

 

   「一人でも多くの人に光を!

    日本とベトナム救う さすらいの眼科医」
   フリーランス眼科医
   服部 匡志(はっとり ただし)先生

 

の回でした。

 

眼科医である先生は、文字通り患者さんに「光」を与えます。

その手はまさに、神の手。

田舎で、眼科医の不足する地域に赴いては丁寧に診察し、手術し、手術し、手術する。

失明の可能性があり、一刻も早く手術をしないといけない患者さんたちに、光を与えます。自分では開業しない。「さすらいびと」のように全国各地を駆け回り、医師の足りない地域の患者さんの光になる。

 

「神の手」と言われることは嬉しいか?という質問に、

「いや、だって、私は神じゃない。人間だもの」

「『仁の心を持つひとの手だ』と言われることは嬉しいけれどね、」といったご回答。

 

そんな先生が、月の半分はベトナムに赴くのです。無償で、患者さんの治療をするために。裕福なひとだけが助かるなんておかしい、貧しい人も助けてこその医師だという考えを持ち、今は亡きお父様からの「ひとのために生きなさい」という教えを守って、本来なら貧しくて手術を受けられない患者さんたちを、助ける。そして、「自分自身が患者さんから幸せをシェアしてもらっているのだ」、とおっしゃる。

 ーーー自分は4浪も経験しているし、本当に、神様でもなんでもない。人間だ。だけども、ひとを助けたい。

 

心が洗われるような回でした。

 

(おまけ:

目が見えない患者さんが手術後「まず息子の顔を見たい、その次に服部先生のお顔が見たい」と言った、という話をきき、「いやあ、そんな」「ハンサムでもなんでもないのにね」と笑い混じりに小さな声で言ってから「嬉しいです」と答えた姿が本当にかわいかった。笑)

 

オフィシャルなあらすじはこちら↓↓

www.tv-tokyo.co.jp

 

 

私は正直、この話で感動し涙した自分に少し、驚きました。

小さい頃から伝記が大好きで読み漁っていたし、マザーテレサだとか、ナイチンゲールだとか、綺麗な心を持った方が立派なことをされているお話しには慣れているはずでした。

それなのに彼の話に特別に深い感動を覚えたというのは多分、同じ時代に生きている彼の、自分の功績をひけらかさない態度に心を打たれたからだと思うんです。

自分のためではなく、ひとのために、まっすぐに生きてらっしゃる。

 

私、SNS社会についてよく考えていて、

「どうしても自分を良く見せたがってしまう人間の心理」

みたいなものにアンテナを張りがちなんです。

そういう心理を自分自身が持っているからに他ならないのですが。

 

タイトルでも触れたけれど、私Instagram等を積極的に使うことに少し抵抗感があって。

というのも、「自分は素敵だ!!!」っていう自己顕示欲を満たすために、私はなんでもしたくなってしまうから。(笑)

なんとなく撮れた素敵な写真なんかをポンッと載せられれば良いんだと思うんですけど

それじゃあ相対的にあんまり良い画にならない。

自己肯定感が高くなくて、ひとと比較してしまう癖があるからね。

比べなきゃあいいんだけど、投稿した時点で自分の中で、無意識にも他人との比較が始まってしまう。

だから私の場合、もっと良い写真を載せるためには何何が綺麗などこそこへ行ってこんな構図でこーんな写真を撮って・・・・と、Instagram中心の生活を送りかねないんです。笑

Instagram husband(インスタグラム用写真の撮影に付き合わされる旦那さん)が全世界で少し話題になっていたこともありましたし、みんなが一生懸命お菓子の写真を撮る姿を映し「写真ばっかり撮ってないで早く食べようよ!」なんてシニカルなTweetが多くのいいねを集めることもしばしばな今日。

一生懸命充実した写真を撮って投稿する生活もまあ、オシャレで充実していて良いよねと考えるひともいるかもしれませんが、私としては何か、こう、本質とズレている気がして嫌なんです。

でもSNSを投稿するってことは「見られている自分」を作り出すっていうことで、自分をデザインするということになる。自らアウトプットするその内容だけでなく方法、タイミングにその人のアイデンティティーが沁み出て来るわけだから、やっぱりどうしてもより良い投稿、より「こう見られたい」が叶っている投稿をしがちだと思うんですよね。。。

と、ここまで書いて私は考えすぎだなあ!!!!!!と思って苦い笑いを堪えていますが。

そもそも自分の理想とする素敵な生活を送れれば、上に書いたようなストレスも無くなりますしね。

 

とにもかくにも、ひとのために生きる方のストーリーを見て、心から感動しました。

そんな日曜日です。

 

明日からの一週間も充実させられますように。

 

アディオス!

頑張ることは美しいということを、知った今。

 

こんにちは。

もうよんじょです。

 

自己紹介するたびに自分の学生生活が残りわずかだと思い知らされるので

我ながら良いペンネームをつけたなあと思います。

 

今日は、戻って書き直したり構成を考えたりせずに書き流すので、読みづらかったらすみません(って、いつも大して読みやすくはないか。(笑))

というのもここ数日、書いて推敲して書いて推敲して、やっぱり書きたいことまとまらないからもう寝よう......みたいなことが二回くらいあったので。今日は戻って表現を直そうなんてしないことにします。それで更新しちゃいます。

勢いを、大切にしてみる。

書くことが自分を定義してくれるから、今のポジティブな気持ちを書き留めておきたい。

 

 

ーーー私ね、小学校を卒業するころは小説家か画家になりたかったんです。

そして中学2年の頃にはもうその夢というか目標を見失っていたし、挫折していました。

何故って、頑張ることの美徳を理解していなかったからだと思う。

私立の中学に入れてもらって、美術もすごく、優秀な先生に習うことができました。

わたしの大好きだったデッサンや、絵の具を使った絵も習いました。

画家になりたいなんて思ったことのある私には絶好の機会。

の、はずだった。

でも私は自分より何倍も絵を上手く描ける同級生の存在と、自由に思ったままに描くよりもルールに従った方が上手く描けるという現実に、ウンザリしてしまいました。

本当は、その「ルールに従うと上手く描ける」のフェーズから、「そこに自分らしさを加える」というフェーズに移ってからが楽しかっただろうに、と今は思います。

基礎を固めてこその、応用ね。

 

それを分かっていたら頑張っていたのかどうかは分からないけど、事実として私は、頑張らないという選択をした。

もっともっと練ったり、デッサンを描き続けたり、放課後に残って作業することもできたのだけど、私はそれをしませんでした。

 

頑張るのが恥かしかった。

 

頑張っても出来ないという事実に直面したくなかった。

 

頑張ってないから出来ないだけ。そう思いたかった。

 

 

本気で頑張ることを知っていたらどんなに良かっただろうと思う。何事に関してもサボり癖がついてしまった私は、テストの成績も散々なことが多かった。「でもまあ、頑張らなかったし。」と、そう思って熱くならないように自分を制していた。傷つくのがこわかったのもある、たぶん。失敗なんてしたくなかった。努力なんて無駄になるって、冷めた目で見ていた。気がする。

 

でも私は気付いてしまった。

泥臭い努力は格好良いのだと。

 

カッコ悪い努力なんてないんだと。

寧ろ努力を笑うひとがカッコ悪いんだと。。。

 

 

 

以上。

今の思い。

 

もうなんも言えない。

 

 

アディオス!

「発信するのがこわい。」そんな気持ちを消してくれる記事を見つけました。

 

こんにちは。

 

わたし、知人や友人と繋がっているSNSで発信することが、とってもこわくなるときがあるんです。

私のことを知っている相手だからこそ、あんな風に思われるんじゃないか、こんな風に思われるんじゃないか、、、、と、気にしてしまって。

例えば「あのときああ言ってたのに一貫性ないじゃん」

って思って信頼を失いたくないし、

「これってこういう意味も含んでるの?」

って深読みされたりしたくない。

 

私の隠したい一面を見られてしまいそうなのがこわいし、

少ない投稿で勝手に自分の性格を決めつけられるのが嫌。

たいした人生歩んでないなって見下されるのが癪に障る。

でも、たいした人生を歩んでいる「ふり」はもっと嫌。

 

だからこそ、このブログも匿名で書いたりしています。

 

でも、考えてみれば自分が友だちの投稿見ても、あれこれ考えて気にしたり、傷つけようとか見下そうとか、思ったりなんてしないんだよね。

考えすぎというか、自分に自信がなさすぎるというか、自分をよりよく見せたい、よりよく思われたい、っていう欲が大きすぎるというか、現実を見れていないというか。

 

だったら実際に

よりよく生きろよ!!!!!!

って、自分でも自分に思っている。

 

思っているよ。

 

 

前置きが長くなったし、あんまり愉快じゃない内容になってしまったけれど、こんな私が「おおっ」と思った考え方を見つけました。

 

私の備忘録用にも引用するよ。

がんばって生きるってことが大前提なんだけどね。

 

qreators.jp

ハヤカワ ネガティブな面って、見せてもなんにもなんないじゃん。それよりは、自分のなかでうまく昇華できる方法を考えていて……最近はわりとSNSで発信してる側もされる側も、気持ちよければいいんじゃないかなと思っていて。もともとはネガティブなことをだらだら流しちゃったほうなんだけど。

 

池田 誰かのためにというよりは、自分がより良くなりたい。がんばってる過程を発信して、誰かの何かに引っかかればいいなって。ありのまま、受け止めてくれる人だけ受け止めてくれたらいいし、関係ない人は関係ないままで、って感じかな。

 

 

ハヤカワ そうですね。私自身の動力って基本的にコンプレックスだったりとか……あと、もっとこう変えたい!みたいな部分とかがきっかけでやってますね。だからこそ他の人に負けないところがあるなと思うし、内容もどんどん充実してくる。よく「アイデアってどうやって出すんですか?」って聞かれるんですけど、自然発生的なものだし、フラストレーションというか、衝動みたいなもので作ってるところが大きくて。だから人には負けないと思うし、自信も出てきて、いい方向に進んでるかなとは思う。

池田 ……一緒!(笑)

 

ハヤカワ なんか、みんな結構自分のことをいじめる方向に行ってる。

池田 そうそうそうそう!

ハヤカワ もっと自分に優しくしてあげればいいのにって思うんですよね。

池田 自分で自分を幸せにする選択を取るって、「甘え」だと思っちゃうストイックな人がいるんですよね、たまに。私もわりとそっちタイプだったんですけど。

ハヤカワ でも、それでいいじゃないかと。

池田 そう、いいじゃんって。

 

 

ふうう~~~~~

私もがんばるつもりだし、自分を幸せにしたい!

落ち着いたらインスタあたりから始めたいかも!!

 

私は私でいいのさ。

あなたもね。

 

さーてと、笑顔笑顔!

明日もがんばろ~~~~~~

 

アディオス!

21歳にして母の日に家族喧嘩した私の反省記。

 

こんにちは。

 

5月8日のもうよんじょです。もうすぐ、9日になります。

少し眠いけど、眠れないもんでブログに来たよ。

 

今日はさ、母の日でしたね。

 

母の日。

母に、感謝を伝える日。

 

私の母は、しきりに藤の花を見に行きたがっていて、私には今日、外出の予定が無くて。でも、昨晩、

予定がないなら一緒に行けるじゃん!!!

と目を輝かせながら誘ってきたのを、私は断った。行きたいけど企業研究とESが山積みで、外出できる気分なんかではなくて。でも、断ったことで胸がすごく痛んだ。

 

そして今日。

21歳の私は、母に本と手紙だけのプレゼントをして、、、

藤の花見は一緒に行かなかった。

 

母は私からのプレゼントを「わあ、嬉しい、ありがとう」と言って喜んでくれたけれど、そこまで感激していないことは私もわかっていた。

本だって、一緒に出かけたときに見つけたものだし。

これをあげるねって、話していたし。

 

本当は、用意周到に準備して、朝一にプレゼントして、料理だって私が作ってあげて、サプライズが詰め込まれてて、、、、、

そんな母の日のほうが良いに決まっているのに。

要するに私は、就活で忙しいのを言い訳にして、そういうことをさぼったわけだ。

 

母のテンションを上げてあげられなかったし、私の気分も良くなかった。なんでちゃんと準備しなかったんだろうなんて、誰の特にもならない後悔をして、ネガティブで、うじうじした自分が出てきてしまった。

 

そして、家族喧嘩。

本当に自分は幼いなと思って、自己嫌悪。

 

今日の喧嘩の理由なんて、私のことを構ってくる家族への八つ当たりみたいなもので。せっかく心配してくれているのに、、、その協力的な姿勢がますます私を苦しめて。

「私がもっと努力家していたら」とか、

「私がもっと、意志を強く持っていたら」とか、

「私がもっと、ブレずに目標を達成できていたら」とか、、、

自業自得なのにそういう、自己嫌悪要素が

どどどどどどどどどどどーーーーーーーーっと降りかかってきた。

だって、私が自分で自分の問題解決できていたら、なーーーーんの問題もなかったんだもん。

 

号泣したので顔の腫れがひどい。ひどいまんまでこれ書いてます。ちょっとシュール。

 

 

まとめると、計画的に行動することの大切さを思い知らされました。

時間を大切にして、家族の為に使ったり、楽しいことをする時間を増やしたり、、、

そういう時間を増やしたい。

 

ああ、、なんて甘い反省なんだろってまた自己嫌悪になってきた。超ネガティブ。でもほんとに甘い反省だわ~~~また泣けてくる。(笑)(笑)

 

ポジティブになれる記事を見つけたので、それについてもう一個、記事更新してから寝ようっと。

 

もしここまで読んでくれた人いたら最高です。

ありがとう。

 

アディオス!!

Life is beautiful. (4/18に書いた記事。)

 

こんにちは。

ちょっと疲れが出てきたもうよんじょです。

 「あなた、わざと生きにくく生きてるみたいよね」

と母に言われ、 ハッ としました。

 

生きにくい・・・? わあ、、図星だ。

 

今日は、私のクズなお話しと、

”ヌードを通して自分を受け入れよう”というお話し。

 

 

 

 

 

 

いつも母には

「自分のこと、もっと大切にしなさい」

と言われています。

頑張り過ぎよってことではなく、私のクズな部分を直しなさいねって意味で。

 クズと言うのも、サッとやればすぐ終わることを後回しにしたり、身の回りを散らかしたり、ストレス発散しないままモヤモヤした気分でいたり、SNS見て友人の生活を羨ましく思ったり、ないものねだりをしたり、誰にでも良い人だと思われようとしたり、完璧主義になってみたり、過去のことを引きずったり、、、

 そういう自分にとってマイナスなことばかりしてしまって、母は、そんな私を見かねていました。特に、「後回し」にするところ。そして、改善できない私がいました。

 意志が弱かった。

自分を持っていなかったし、

自分を大切にしていなかった。 

ほんとはマイナスなことをせず、自分を大切にする方が良いのに。

 

後で苦しまないように何事も余裕を持ってやっておいたり、ないものねだりではなく自分が持っているものに目を向けたり、たまったストレスはすぐに発散したり、じぶんを責めすぎないようにしたりって、改善策はたくさんある。

 

なのに私は 「自分なんて・・・」とどこかで思っていたし、さぼることの享楽におぼれていました。その方が傷つかないで済みました。結果が出なくても、頑張っていないから、と言い訳がきく。

でもそんな享楽、なんにも生まないし、ただの現実逃避だし、残るのは虚しさだけ。そんなんで老いていくなんて、嫌です私。

 じゃあ、、、

大切にしたい自分ってどんな自分だろう。

 

私は私。

それでいいじゃない。

私が好きな私はこう生きているわ。 

  

 そうやって生きて、自分に酔うのも、良いのかもしれない。

自分を好きになる。好きな自分になる。

 

相手に合わせることは大切だけど、合わせてばかりで自分を持っていないのはちょっと、つまらないですもんね。

 好きな自分を持っていなければ、他人との関係もいつの間にか「憧れ」や利害関係だけで繋ぐようになってしまって、、、でも憧れや妄信や損得じゃあ友情は生まれないですもんね。

 

と、そんなことを思っているときに見つけたのが、この記事。

 

www.huffingtonpost.jp

 

ヌードだけど、私の思っていたヌードとは全く違う。まさに、「新しいかたちのヌード」。それを通して彼女は、「自分は自分でいいんだ」をつくっていく。

 

インスタとかSNSには基本賛成だけど、今は加工だって自由にできるし、"自分を出しながら隠している"現状があるなと思っていて。
いい顔も変な顔ももっと楽しめばいいのに......そういう部分ではもったいないと感じています。

 この「自分は自分でいいんだ」っていう感情って、間違ったら開き直りとか、諦めとかにも捉えられるんですけど、全然そうじゃない。自分を知って、受け入れるってすごく大切でポジティブなこと。

自分の嫌な部分なんて、隠してなんぼでしょう。

 受け入れることは、簡単にはできないことです。

 

でも自分を大切にして自分を磨けば、私にもできるようになる気がします、というか、そう信じたい。

そして胸を張って「自分は自分でいいんだ」と思いたい。

そう思える自分のことは絶対に大切にできるから。

そう思えるときって、最高に幸せだから。

 

 

今日は「Life is beautiful.」なんていう横文字のタイトルをつけました。

 私の好きな言葉です。

 今「生きにくい生き方」をしていても大丈夫だと思いたいです。

人生いろいろあった方が強くなれますし、 いつだって人生は美しいんです。

 

読んでくれてありがとう。

 

アディオス!

ひとのことを考えすぎるのはナンセンスだよね、と自分に言い聞かせている話。

 

こんにちは!

GWですね。

旅行にもお買い物にも行かず、美味しいものを食べながら、残りのESをコツコツ書き進めています、もうよんじょです。嗚呼、お買い物したい。

 

さて、先月マルクスアウレリウスの『自省録』を読了したのですが、その中に「他人のことに口を出すな、自分のことに集中しろ」というような内容のお教えがあり、妙に納得しました。

言われてみれば、ひとのことに口を出してよかったことって、あんまりなかったかもなーと思います。

ひとさまのブログを拡散したがってお節介した話も然り。

 

ひとのことはそのひとが決めることなんだから、踏み込んだことしなくって良いんですよね。ひとの気持ちを考えることはできても、ひとの気持ちを完全にわかることはできない。

 

自分の人生をまっすぐに突き進むのが良いんだなあなんて思いながら、でも、ひとのことを気にかけないような薄情な性格が好きかと言われたら何とも言えないですけども。。

 

明日もES頑張るぞーというゆるっとした気持ちで眠ります。

 

アディオス

ノス ベモス

アスタ プロント!

 

 

P.S.

今聞いている、火曜深夜、J-waveのハングアウトがめちゃよいです。なんだこれ。「いつも聞いてくれているのは5人くらいだと思うんですけど今日は10人くらいですね」っていう発言にグッときました。

おやすみなさい。

 

4月27日。

 

こんにちは。

 

久々の投稿で、書きたいことが混沌としております。

深夜のもうよんじょです!

 

寝不足による体調不良に悩まされた1日を送ったのに、23時現在

PCと向き合っております。

ほんとは21時に寝られれば最高でした。

あほかーーーーーーって感じだけど今書きたいんです。頑固。

 

 

1.誰に言われるかで変わること

 

まず私、2月にセミナーでセルフカウンセリングというものについて学んだのですが

そのカウンセリングを毎日こなしている友人に「おすすめだよ~~~~」

と言われてとても複雑な心境になりました。

 

もう既に始まっている長距離マラソンに、途中から参加しろって言われている気分になってしまって。良さそうとは思ったものの、行動に移さなかった。

 

そんな私が、4月も下旬に入った先週、始めてみることにしたんです。

理由は「自分にとって何が大切か?」を問うセルフカウンセリングが必要だ、と思ったから。マルクス・アウレリウスの『自省録』を読んでいたら、セルフカウンセリングの大切さに気づいたんです。この本に関しては書きたいことが多く、まとまりそうにないので今は割愛しますが、この著者マルクスの教えのお陰で実行するしかないと思えました。

友人よりあとに始めるってことが、ちっぽけなプライドのせいで素直に実行できなかったのにも関わらずです。

 

私、幼稚園に入ったか入る前かくらいの頃に、仲良くしてくれてたAちゃん(同い年)のお兄ちゃん(イケメン)が大好きで、Aちゃんが呼んでも返事するだけなのにお兄ちゃんが呼ぶといそいそと寄っていく、っていう子だったんですが(笑)、それと似ているような気がしました。

今も変わってないのかなあ、直したいなあああ

 

2.改善をかさねて成長するんだ

 

で、そのセルフカウンセリング、毎日やってみたのは良いものの、なんだか毎日同じことを書いてる自分がいて。そりゃあそうですよ、昨日やりたかったことと今日やりたいことがガラッと変わるなんて稀ですよね。

だんだん、昨日と一緒だから省略しちゃえ~~~っとなってくる。

 

これを改善するために、決めました。

カウンセリングをするのは週に一度だけ。

自分が何をしたいか?について考え直し、それを実行。できていない部分をチェックし、次の行動に落とし込む。そう、そうですよ。PDCAを回すんです。

 

毎朝、自分の目標を振り返る。

自分の行動は正しいかな?と確認する。

 

時間を有効に使っていくためには、何がしたいんだっけと考える暇さえ惜しいわけです。

 

3.気付けただけでも成長

 

こんなこと書いている自分が恥ずかしい、、、恥ずかしいんですよ、私は。

だって、そんなの当たり前なハズなんだもの。

私が何かを頑張れるときはいつだって目標設定が出来ていたときだし、モチベーションを維持して生きていくためには目標をひとつひとつ達成して喜びを味わうのが良い、なんて。知ってたのに、できてなかったみたいで。

 

でも、ここで自分を責めたらまたまた悪循環。

私に怠惰な部分があるなんて、そんなの分かってたことなんだから。

悲観的になったってブスになるだけ。

 

自分がしかめ面や真顔、コワい顔になっていると気づいたら、チャンス!

にっこり笑顔になってみるだけで、自律神経は整うし顔の筋肉も動かせる。

こんな簡単なことならいつだってできる!

 

 

 

 

 

なんの話をしていたんだっけな~

 

そうだ、寝不足だから早く寝たいって話ですよね!(お、おう、、、)

(もう寝たいだけ)

 

ではでは

 

アディオス!